2014年6月12日木曜日

二人は若い(昭和10年)  ディック・ミネ/星玲子

二人は若い 昭和10年 

作詞:サトウ ハチロー、
作曲:古賀 政男、

歌:ディック・ミネ/星玲子

昭和10年 ( 1935年) 、映画「のぞかれた花嫁」の主題歌として発表され、大ヒットした。


 
 

バイオリン演歌・書生節演奏:昭和ロマンを楽しむ会
   高齢者施設ライブ 2014年4月
 貴方とよべば 貴方とこたえる
山のこだまの うれしさよ
「貴方」  「なんだい」
空は青空 二人は若い

ちょいととよべば ちょいととこたえる
やまのこだまの いとしさよ
「ちょいと」  「なーによ」
風はそよ風 二人は若い

あのねとよべば あのねとこたえる
やまのこだまの やさしさよ
「あのね」  「なーにさ」
あとは言えない 二人は若い

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2014年5月27日火曜日

この世の花(島倉千代子) 昭和30年

この世の花(島倉千代子)  
作詞:西条八十、作曲:万城目正、歌:島倉千代子
 
昭和30年(1955年)に16歳で本名「島倉千代子」で歌手デビューした。デビュー曲が映画主題歌「この世の花」
 
「この世の花」は雑誌「明星」に連載された北条誠の小説であり、この小説を映画化した。
島倉千代子は2013年11月8日、肝臓がんのため東京都内の病院で亡くなった(75歳)。
 
 
       書生節・バイオリン演歌演奏:昭和ロマンを楽しむ会(書生2名&女学生2名) 

あかく咲く花 青い花
この世に咲く花 数々あれど
涙にぬれて 蕾のままに
散るは乙女の 初恋の花

想うひとには 嫁がれず
想わぬひとの 言うまま気まま
悲しさこらえ 笑顔を見せて
散るもいじらし 初恋の花

君のみ胸に 黒髪を
うずめたたのしい 想い出月夜
よろこび去りて 涙はのこる
夢は返らぬ 初恋の花 

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2014年3月11日火曜日

ふじの山(文部省唱歌) バイオリン演歌

「ふじの山」 富士の山,ふじのやま,富士のやま

富士山を歌った曲で文部省唱歌。1911年(明治44年)に刊行された『尋常小学読本唱歌(二)』が初出である。
作詞:巌谷小波

2013年、カンボジアのプノンペンで開催された第37回ユネスコ世界遺産委員会において、「富士山」が世界文化遺産に「記載」されること決定された。記載される名称は、「Fujisan, sacred place and source of artistic inspiration (富士山-信仰の対象と芸術の源泉)」

  バイオリン演歌・書生節演奏: 昭和ロマンを楽しむ会(書生&女学生) 

新春のイベントで「一月一日」(1893年)と「ふじの山」を連続して演奏するため練習したとき出だしのメロディーが似ていることに気がついた。

D調で3小節目まで和音が同じで、「ラーシラ ファ#ミレレ」と 「ララシラ ファ#レミファ#ー」、テンポも同じ。 
「一月一日」(年の始めのためしとて・・・・・)


日本人なら一度は登ってみたい山である。でも二度、三度登るより遠くから眺めるほうがずっといい山だと思った。

あたまを雲の 上に出し
四方の山を 見おろして
かみなりさまを 下に聞く
富士は日本一の山


青空高く そびえ立ち
からだに雪の 着物着て
霞のすそを 遠くひく
富士は日本一の山


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2014年2月14日金曜日

満州娘(服部富子) バイオリン演歌・書生節 昭和13年

満州娘(服部富子) バイオリン演歌・書生節 昭和13年     
作詞:石松秋二、作曲:鈴木哲夫、歌:服部富子


服部富子は宝塚歌劇団に所属していたが歌手に転向した。作曲家であった服部良一の実妹







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バイオリン演歌・書生節演奏:昭和ロマンを楽しむ会 (2014年2月 介護施設において)



曲名は知らなくても「王(ワン)さん待ってて ちょうだいネ」のフレーズは知っている方が多い。


現在、清王朝の末裔である満州民族は中国では少数民族になってしまった。満州語を話したり読めたりする人も少なくなっており、この歌に歌われた満州娘たちはいまどうなっているのだろうか。

2000年の人口調査では中国13億人のうち、満州民族(満族)人口は10,387,958人と、約1%程度しかいない。

私の父は3月に高等専門学校を卒業して銀行に就職したが徴兵猶予がなくなっていたためその年の12月に徴兵されて翌年1月に現役兵として入隊(たった9ヶ月の銀行員)。4月に日本を出港して同月に朝鮮の羅津(ラジン)港に上陸。たぶんそこから鉄道で東満州へ入ったと思われる。 その12月には満州にあった奉天甲種幹部候補生隊へ入隊、その後各地を転戦して終戦まで軍隊にいた。一度も除隊されず職業軍人以外では最古参の下っ端将校であった。軍隊は組織であり、勇ましい軍人だけでなく、父のような徴兵された温和な将校もまとめるためには必要とされたようである。
大変な時代であっただろうが満州は父の青春時代を過ごした場所、今でいえば軍隊が社会人教育、修士課程教育を受けた場所であろうか。
父の軍人手帳には、今はなくなった地名だが満州の「東安」、「密山」の防衛等が履歴に記載されている。以下軍人履歴


(1年目)
1月 (歩兵二等兵) 現役兵として入隊
4月 日本を出港して朝鮮の羅津港経由で朝鮮国境を越えて満州派遣
5月 (歩兵一等兵) 歩兵科幹部候補生に採用
7月 (歩兵上等兵) 甲種幹部候補生を命ず
12月 奉天甲種幹部候補生隊へ入隊
(2年目)
2月 (歩兵軍曹)
6月 (歩兵曹長) 奉天甲種幹部候補生隊卒業 見習士官を命ず
11月 (陸軍少尉)

徴兵から4年目に中尉に昇進、終戦時(昭和20年8月)にポツダム大尉となる。昭和21年3月に博多に上陸し復員、召集解除。

軍歴の地名としては「東安」、「密山」、「奉天」、「旅順」などが出てくる。

満州では真っ白な軍服を着てスキーで歩行訓練をしている写真が残っている。今は中国(漢民族)化してしまっているだろうが満州とはどんな場所であろうか、一度は行ってみたいものである。

奉天:現在の瀋陽市わたしゃ十六 満州娘 春よ三月 雪解けに
迎春花(インチュンホワ)が 咲いたなら
お嫁に行きます 隣村 王(ワン)さん待ってて ちょうだいネ

ドラや太鼓に 送られながら 花の馬車(マーチョ)に 揺られてく
恥かしいやら 嬉しやら 
お嫁に行く日の 夢ばかり 王さん待ってて ちょうだいネ

雪よ氷よ 冷たい風は 北のロシヤで 吹けばよい
晴着(はれぎ)も母と 縫うて待つ
満州の春よ 飛んで来い 王さん待ってて ちょうだいネ

迎春花:黄梅(おうばい)の花

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2013年9月7日土曜日

ああ上野駅(井沢八郎) 昭和39年

あゝ上野駅(ああ上野駅)は、昭和39年(1964年)に発表された。この年は東京オリンピック開催の年であった。
作詞:関口義明、作曲:荒井英一、歌:井沢八郎

関口義明が上野駅で見かけた集団就職の少年たちを題材に詞を書き、農家向け家庭雑誌『家の光』の懸賞に応募して1位入選を果たした。

集団就職で上野駅に降り立ち、東京で生活を始めた若者の心情を歌った歌。 集団就職とは、地方の中卒者が東京など大都市の工場や商店に集団で就職したことである。集団就職が行われた時期は、高度経済成長期と重なり、中卒者は「金の卵」ともてはやされた。

書生節演奏:昭和ロマンを楽しむ会

1 どこかに故郷の香りをのせて 
  入る列車のなつかしさ
  上野は俺らの心の駅だ 
  くじけちゃならない人生が
  あの日ここから始まった

2 就職列車にゆられて着いた 
  遠いあの夜を思い出す
  上野は俺らの心の駅だ 
  配達帰りの自転車を
  とめて聞いてる国なまり

3 ホームの時計を見つめていたら 
  母の笑顔になってきた
  上野は俺らの心の駅だ 
  お店の仕事は辛いけど
  胸にゃでっかい夢がある

昭和歌謡 書生節 昭和演歌師 平成演歌師 東京オリンピック

2013年8月5日月曜日

昭和ロマンを楽しむ会(バイオリン演歌・書生節) 演奏曲目

昭和ロマンを楽しむ会                                    
                         (バイオリン演歌・書生節)  
明治・大正を含め、昭和を中心とした演歌・唱歌をヴァイオリンとウクレレ伴奏で歌い、また皆様にも歌っていただいているグループです。 
明治・大正
*美しき天然*嗚呼玉杯に花うけて*人を恋うる歌*スカラーソング*七里ヶ浜の哀歌*まっくろけ節*カチューシャの唄*ゴンドラの唄*金色夜叉の唄*さすらいの唄*のんき節*琵琶湖周航の歌*コロッケの唄*船頭小唄*復興節*月は無情*籠の鳥*故郷*雪*村祭*里の秋(星月夜)*花、その他唱歌多数

出演その他お問い合わせ先:http://www.geocities.jp/peaceman_f/syowa-roman/index.htm
昭和ロマンを楽しむ会(帝大生ゆめじ&青空ぴーまん) 

代表:福永(青空ぴーまん)(千葉県市川市)
e-mail : 
peaceman_f@yahoo.co.jp
自治体・町会などのお祭り、神社などの祭礼、宴会余興、敬老会・誕生日会などの集まり、地域貢献活動、施設訪問などさまざまな機会に出演致しますので、お気軽にお問い合わせください。
           帝大生ゆめじ&青空ぴーまん

書生節 バイオリン演歌 大正演歌 昭和歌謡 戦時歌謡 愛唱歌 流行歌 寮歌 バイオリン Violin Fiddle  ウクレレ Ukulele 平成演歌師 昭和演歌師 

2013年8月2日金曜日

蘇州夜曲(李香蘭) 昭和15年


蘇州夜曲
作詞:西條八十作詞、作曲:服部良一、歌:李香蘭(山口淑子)

蘇州夜曲は李香蘭主演の映画「支那の夜」(1940年(昭和15年)6月公開)の劇中歌として発表された。同年8月に渡辺はま子・霧島昇歌唱でコロムビアからレコードが発売された。

映画「支那の夜」:東宝の看板スター、長谷川一夫と満映(満洲映画協会)の看板スター、李香蘭との共演による映画である。

バイオリン演歌・書生節演奏:
昭和ロマンを楽しむ会(書生&女学生)

君がみ胸に 抱かれて聞くは
夢の船唄 鳥(恋)の歌
水の蘇州の 花散る春を
惜しむか柳が すすり泣く

花をうかべて 流れる水の
明日のゆくえは 知らねども
こよい映した ふたりの姿
消えてくれるな いつまでも

髪に飾ろか 接吻しよか
君が手折りし 桃の花
涙ぐむよな おぼろの月に
鐘が鳴ります 寒山寺

昭和15年(1940)に公開された日中合作映画「支那の夜」の中で李香蘭が歌ったのが「蘇州夜曲」である。この映画は国策映画であり、戦後は映画の名前も変わり、いまはもう公開されることもないそうだ。

「中国も日本も大好きです」という混血の美女、李香蘭も戦後、売国奴(漢奸)として裁かれるかに見えたが、実は日本人と中国人のハーフというのは全くのうそで完全なる日本人(山口淑子)であった。

流暢な中国語にだまされた中国人が悪いのであって、日本人だから国策映画に出て日本に好意的な発言をするのは当たりまえだったのだ。中国外へ追放はできても中国人ではないので反逆罪で罰することはできなかった。
李香蘭は中国人として振舞い、国策を推進して人気を得た後、敗戦で国賊として裁かれるかのよう見えたが戸籍で日本人であることを証明した。

バイオリン演歌 書生節 昭和歌謡 昭和演歌師 平成演歌師 帝大生ゆめじ&青空ぴーまん