ハイカラ節 作詞・作曲:神長瞭月 明治41年 自転車節 チリリン節
ハイカラとは西洋風の身なりや生活様式をする様、人物、事物などを表す。
ハイカラをもじって対応させた言葉が「蛮カラ(バンカラ)」で風采や言動が粗野なことを意味する。
ハイカラさんといえば着物に袴姿の女学生を思い出す。今は女子大学生の卒業式の服装でよく知られている。
ハイカラは、洋装した男性の襟、カラーが高い(High Collor)からきているとのことである。最先端のおしゃれだと見栄を張る人のこと、舶来かぶれ、生意気な人を「ハイカラ」と最初はいっていたらしい。その後は最新流行のものやおしゃれなものといい意味で使われるようになった。
自転車も珍しく大変高価なものであったのでレンタル(時間貸し)が行われた。
当時の引札(ちらし、ビラ)には女学生が自転車に乗って疾走している絵がよく見られる。
ハイカラ女学生と蛮カラな旧制高等学校の学生が恋に落ちる物語はよくある話であった。
ハイカラ節には明治40年代(1907年~1912年頃)に流行した当時のハイカラ風俗が歌い込まれている。
バイオリン演歌・書生節演奏:昭和ロマンを楽しむ会
ゴールド眼鏡の ハイカラは
都の西の 目白台
女子大学の 女学生
片手にバイロン ゲーテの詩
口には唱える 自然主義
早稲田の稲穂が サーラサラ
魔風恋風 そよそよと
チリリンリンと やってくるは
自転車乗りの 時間借り
曲乗りなんぞと 生意気に
両の手放した シャレ男
あっちへ行っちゃ ヒョーロヒョロ
こっちへ行っちゃ ヒョーロヒョロ
それあぶないといってるまに
ころがり落ちた
ハイカラ節にはたくさんの東京の女子専門学校の女学生が歌われている。
「ゴールド目鏡のハイカラは、都の西の目白台」:日本女子大学
「天女の如くささやくは、青葉がくれの上野山、音楽学校の女学生:東京芸大
「リリー香高きドーターは、花の本郷龍岡町、日本女学校のスチユーデント」:相模女子大学
「菫とまがふ御姿は その名も猛き虎の門 高等女学校のスチューデント」:東京女学館
明治時代に大学は「帝国大学令」によって定められた帝国大学しかなかった。その他はいろいろなレベルの専門学校が勝手に「大学」と名前をつけていた状態であった。
帝国大学以外の大学は大正7年の「大学令」に基づいて基準が定められて設置された。明治時代に創立された「日本女子大学」は名前は当時から女子大学であったが戦前は専門学校であった。
書生節 バイオリン演歌 大正演歌 昭和歌謡 昭和演歌師 平成演歌師 昭和ロマンを楽しむ会 享受昭和浪漫的会
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