喜劇役者のフランキー堺が書生節を歌っていたのにはびっくりした。たくさんの映画に出演していてコメディアンだと思っていた。彼は喜劇役者になる前はジャズ奏者(ドラム)だったはずだがーーー
レコードのジャケットは絣の着物に袴で下駄をはいた書生姿でバイオリンを持っている。書生節のイメージは昭和36年でもこのスタイルであったのであろう。
レコードの曲目は下記である。
金色夜叉、ストトン節、ノーエ節、復興節、ギチョンチョン節、東雲節、デカンショ節
今でも書生節(バイオリン演歌)で歌う定番曲がたくさん入っている。復興節は関東大震災後の復興応援歌であり、阪神大震災や東日本大震災後の応援歌として替歌も作られている。
1961年(S36)、発売当時はまだまだ書生節が宴会などで歌われていたのであろう。
ゆめじはその頃、焼け残った戦前のSPレコードをポータブル電蓄で聴いていた時代であった。レコードは高価であり、定価が1000円もするレコードなんかは買えるはずもなかった。
1961年発売
レーベル/規格番号 ビクター/LV-211
発売当時の定価 1,000円(税込)
フランキー堺の書生節に関しては、ソノシート版もあったようである。ソノシート★フランキー堺/書生節[4枚組]
フランキー堺は鹿児島市出身のコメディアン、俳優、ジャズ奏者(ドラム)で昭和を代表する喜劇人の一人であった。(1929年 - 1996年)
書生節 バイオリン演歌 大正演歌 演歌師
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